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ブナ原生林啓蒙時代

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ブナ原生林啓蒙時代

原生林啓蒙時代

日本のブナの森は、近年まで奥山に、原生林のまま広く残されていました。

ところが、戦後の極端な経済優先政策や新しく登場したブルドーザーとチェンソーとダンプカーによって、次々と切り倒されました。

日本の奥地林が切りつくされると、東南アジアへ、さらに世界各地へと進出しました。そして世界から「森食い虫日本」と批判されました。

今では大面積のブナ林は、当時ブナ林保護運動が展開されたいくつかの地方の山奥にひっそりと残されているに過ぎません。

当時の無分別な過剰伐採の原因には、極端な経済優先社会の急速な進行と広がる拝金主義の風潮がありました。そして自然に対する無関心と理性的理解の欠如がありました。戦後何十年も、一部の先駆的な方々以外は、行政も科学も評論家もマスコミも、ましてや経済界のリーダーも、「木を見て森を見ず」を地で行くように無知と無関心を決め込んでいたのです。

1980年代から1990年代後半までは、原生林崩壊の危機と抵抗の時代だったといってよいでしょう。抵抗というよりは、一般市民、マスコミを巻き込んだ壮大な啓蒙時代と表現した方がよいかもしれません。その両面がありました。しかもその担い手の中心は、故郷の自然を愛する一般市民や住民であったことが特徴的でした。

すでに北から南まで原生的森林は大部分が切りつくされていました。「残り少ない原生林を守りましょう。ふるさとの自然の森を守りましょう。」と市民住民が立ち上がった所は全国に広がりました。

その森を切れば、その村から、あるいはその市町村やその県から、原生的森林がもはやゼロになる寸前まで事態は切迫していました。

原生林保護運動が展開された主な山岳地帯(1980年代から1990年代後半)

知床、大雪山、奥尻島、白神、岩木山、八甲田山、森吉山、和賀山塊、八幡平葛根田川源流部、岩手・湯森山、岩手山、胆沢川源流部、栗駒山、船形山、福島県高山、朝日連峰、高尾山、丹沢のブナ林、長野鍋倉山、奈良・春日山原始林、大峰山、石川県白山、四国剣山、九州脊稜山脈、沖縄ヤンバルの森など、まだまだたくさんあります。

(書きかけ)


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